小説

転がる
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電車で2駅行く。
駅から10分歩くと目的地に到着した。

俺は楽器が飾っているショーウィンドウにはりついた。

有名が楽器製造会社の白いエレクトリックギター『ローリングスター』。

ひび割れた黒い星の模様がついている。

俺が2年前の高校の入学式の日に見つけたものである。

一目惚れだった。

兄がギターを楽しんでいることもあるだろう。
その影響で自分もギターが欲しかった。

「やっぱり欲しい。絶対買ってやるから待ってろよな」

俺はガラスの奥に輝くエレキに向かって言った。

わざわざ買えもしないエレキを見に、
土日は260円を出すのだ。

もったいないと思い人もいるかもしれないが見ているだけでも満足(いや、買えたらどんなに嬉しいだろう)。

バイトをしていないためエレキを買うことは出来ない。

バンドを組みたがっている人はたくさんいるのだが・・・。

俺は拳を握り締め、
帰ろうと思い駅を振り返った。

「おわっ!」

俺の目の前に兄が立っていた。

鼻がくっつきそうなほど近くに兄の顔があって東は後退。
そしてショーウィンドウに頭をぶつけた。

「あぁ悪い悪い」

兄はとくに謝る気はなさそうに片手を挙げて謝った。

これがうちの自慢の兄である。

浪人せずに難解大学に合格。
音楽の才能があり密かにファンクラブが出来ているほどのバンドのリーダーである。

母がベタ褒めする兄。

大学の長期休みには公園や市民会館でライブを開いて自作曲をみんなに聴いてもらっているのだ。

毎回兄のライブを聴きに行く。
やはりバンドを組む夢は諦めきれなかった。

俺の憧れでもある。

「また来たのか」

兄はショーウィンドウの中を覗いた。

「だって全然お金貯まらないんだもん・・・」
「だからバイトしろって言っただろ。小遣いで買おうなんて考えてたら何年かかることか」

兄の言う通りなのだが、
それ以外にエレキを買えないわけがある。

それは母だ。

母は兄が夜中まで活動しているのをよく思っていない。

俺はダメもとで母にエレキを買いたいと相談したことがあった。

母は

「そんなこと言ってないで勉強しなさい。東は兄ちゃんより勉強できないんだから」

と冷たく言った。

母は昔から俺に興味がなかった。
興味がないというか兄しか見ていなかった。

悔しかった。

けど兄より上になってやるとか思ったことはなかった。

母が望む勉強が出来るようになった自分は自分ではない。

そう考えているのだ。

・・・ただの面倒臭がりやなのは自覚している。

兄はポケットから何かを出して俺の手に握らせた。

「やるよ」

手を開くとピンク色のピック。
兄が大事にしていたものだ。

「え、でもこれって・・・」
「今日新しいピックを買いに来たんだ。だからやるよ」
「・・・ありがとう」

大分使っていたのか、
ピックには傷と爪痕が残っていた。

こんな大切な物を貰ってもいいのだろうか。
エレキもまだ持っていないのに。

俺はピックを握り締めた。

「ローリングスターじゃなきゃダメなのか?」

急に兄が訊いてきた。

俺が頷くと兄はあごに指を当てた。

「俺のお古はいるか?」
「いや、いい。自分のが欲しいんだ」

俺は即答した。



家に帰ると母が玄関まで駆けてきた。

しかし俺が帰宅したのを喜んでいるわけではない。
足音を強く大きく響かせていた。

「東!今何時だと思っているの!」

「おかえり」も言われずに怒声を浴びせられた。

「ご、ごめん・・・」
「あんたは受験生なんだから勉強しなさい。兄ちゃんみたくなりたくないの?」

母が口を開くといつも「兄ちゃん」だ。

兄ちゃんみたく、
兄ちゃんみたく・・・。

俺に何をしろというのだ。

俺が黙ってうつむいていると母は俺の肩に手をのせた。

「母さんは東にいい大学に入ってもらいたいの。分かるでしょ?いい仕事に就いて、幸せに―・・・」
「うるせぇよ!」

俺は母の言葉を遮った。

手を払って乱暴に靴を脱ぐ。

母は眉間にシワを寄せて俺を見据えた。

「親になんてこと言うの!!」

母が何かを言う度に苛々する。

この言葉は全て俺のためじゃない。

母自身にためなのだ。

「俺のためなんて嘘だ・・・」

俺の弱々しい声が口の中で消えた。

母は俺の名前を呟いた。

俺はポケットの中の兄から貰ったピックを握り締めて自分の部屋に入った。

電気を点けてロックバンドのCDを挿入した。
俺がエレキを欲しくなったきっかけの曲でもある。

何事にも気にせず弾きまくる騒音。

惹きつけられた。

俺もこうなりたいって。

俺はずっとごろごろと坂を転がり落ちていくばかりだ・・・。

自分の意思をあまり母に伝えたことがない。
黙って聞き流してその場しのぎだった。

するとドアをノックする音が聞こえた。

「東ぁ、入るぞ」
「・・・兄ちゃん・・・」

兄だった。

兄が部屋に入ってくるということは大事な話があるのだ。
兄弟仲が悪いわけではないがプライベート空間である部屋には勝手に出入りしないのが約束みたいなものだ。

俺はCDをとめた。

「外まで東の声が聞こえてたぞ?・・・エレキのことか?」

ずぐ近くまで帰ってきていたのか。

「まぁ・・・関係あるかもな・・・」

俺は頭をかいてベッドに寝転がった。

「俺は悪くねぇからな・・・母さんが五月蝿く言うからだ・・・」

兄は笑って俺の頭を撫でた。

小さい時によく頭を撫でられていたことを思い出して懐かしかった。

もうそんな歳じゃないのに落ち着けた。

「東は自由に生きろ。俺みたくなるなよ・・・」

兄はそう言って俺の頭から手を離した。

俺は起き上がった。

「・・・・・・兄ちゃん・・・?」
「今のは内緒ね?母さんにばれると怒られるからさ」

兄は微笑を浮かべてドアノブに手をかけた。

「待って」

俺が言うと兄はドアを半分開いて止まった。

「・・・兄ちゃんのエレキくれない・・・?」



兄からエレキを貰った。

最初は自分専用の新品のエレキが欲しかったが今すぐに母に逆らいたかった。

『俺は俺だ』って態度で示したかった。

勉強が出来なくたっていい。
エレキがあれば・・・。

でも・・・

「東、また赤点か?」

テストの天が下がっていくことに焦りを感じていた。

勉強を全くしていなかったわけではない。

エレキを触っている時間が増えただけ。

また母に何か言われる。

自分で逆らうって決めたのにまだ母の存在が強かった。
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